-第4章- 疑念


 その日の夜。メインストリートからはずれた場所にある駐車場に、一台の車が止まっていた。手入れのゆきとどいた高級車だ。
 その運転席で、ロバート・ジンジャーは痩せぎすの身体をさらに小さくして座っていた。人の目が気になるのかしきりに周囲をみわたしている。
 不意に、車の窓ガラスをノックする音がした。
 ロバートがその方向を振り返ると、一人の男が身をかがめて手を振っているのが見えた。ダドリーだ。
 ドアが開いた。ダドリーは素早く車内に滑り込む。
「こんなところに呼び出して悪かったな。ロバートさん。」
 ロバートは不機嫌そうに応じた。
「用が済んだらさっさと帰らせてもらうよ。あまり時間を食うと、妻に文句を言われるのでね。」
「ああ、長居する気はないさ。」
 ダドリーは煙草をくわえ、ライターを取り出そうとしたロバートがそれを制する。
「君、煙草は止めてくれ。車内にヤニがつくじゃないか。私も妻も熱烈な嫌煙家なんだ。」
「ああ、失礼しました。」ダドリーは煙草を懐に戻しながら続ける。「でも、ドラッグはやるんだよね?」
 ロバートは憮然とする。それは事実だった。
 3年ほど前、ダドリーとハリソンは路上に違法駐車している高級車を発見した。その車に乗っていたのがロバートだった。そして、彼はその中でコカインを吸引していたのである。
 ロバートは2人に金を渡して口止めしようとしたが、2人は応じなかった。そしてその場で証拠品を押収し、放免した……のであるが。
「まさか、3年もたってからこんなことを要求されようとは思わなかった」
 ロバートは天を仰いだ。
「なぁに、安いもんだろう。あんたの地位がこの程度で守られるなら。それで、お願いしたものはありますか?」
「ここに用意した。さぁ確認してくれ。」
 茶色い、書類用の封筒が差し出される。ロバートはそれを受け取ると、中に入っていたコピー用紙を確認した。
「こいつは……多いな。」
「私も驚いたよ。5月から8月にかけて、ラクーンシティーのアンブレラ社員が、しかも研究員として働いていた者ばかりが、100人近く姿を消している。」
「記録によると……原因は病死、事故死……転勤ってのもあるようだが?」
「普通なら、転勤といってもアメリカ国内の研究所に送られるものだ。ヨーロッパとアメリカの研究所では、研究している部門が違うからな。研究員を専門分野と違うところに送っても仕方がないだろう? だがこの場合……読んでみたまえ。」
「……配属先がヨーロッパとロシア……日本や香港もあるな。バラバラだ。アメリカ国内に配属された奴が1人もいない」
「あまりにも不自然だ。これは何かあると思うが、私はこれ以上頭を突っ込みたくない。」
「ラクーンシティーの営業所では最高の地位にあるあんたでも、怖いのか?」
「よしてくれ」自虐的な笑いを浮かべ、ロバートは吹き出した。「営業所など全世界にいくらでもある。そのうちの1つの所長など、アンブレラ全体から見れば下っ端に過ぎん。」
 ダドリーは、フンと鼻を鳴らす。
「まぁ、自分のやっていることが会社に知れたら、免職ものだしな。あんたが恐れるのもまぁ、仕方が……」
「免職? その程度で済めばまだマシだ。下手をすれば消される。」
「冗談だろ?」
 ダドリーはロバートの顔を見た。
 そして、その表情が真剣そのものであるのを見て、いい掛けた口を閉じた。
「アンブレラはただの製薬会社ではない。下っ端の私にもわかる。開発部門の上層部は、何か得体の知れないものを研究している。姿を消した社員たちはそれに関わっていたのだ。恐らくは、アークレイで……」
「おいおい、あんたもアークレイに怪物がいたってヨタを信じてるのか?」
「そう思ってもらってもかまわんよ」
「…………」ダドリーは肩をすくめた。「まぁいい。それで、もう1つ頼んだことは調べておいてくれたか?」
「さっきの資料の後半だ。」
 分厚いコピー用紙を後ろから何枚か引き出し、その中身を読む。目的の資料はそこにあった。行方不明になった社員の出入り記録だ。
 アンブレラはセキュリティに厳しい会社であり、すべての社員はIDカードを渡され、そのカードで社内の施設へ出入りした記録がとられている。もし、行方不明の社員たちが特定の施設に頻繁に行き来していたとすれば、そこに手がかりがあるはずである。
「100人ちかい研究員の記録か……アークレイの豪邸の記録はないのか?」
「ない。完全に抹消されていた。」
「念入りなことだな。まったく……」ダドリーは出入り記録を斜め読みする。「ラクーン大学……中央区7番倉庫………総合病院……7番倉庫……7番倉庫……フン、この中央区7番倉庫ってのはいったいなんだ?」
「試薬などを置いている、アンブレラ所有の倉庫だ。中央区の端に、倉庫の一群を見たことがあるだろう? 周囲をフェンスで二重に囲っている場所だ。」
「……ああ、あそこか?」
 ダドリーにも覚えがあった。以前、パトロール中に何度か通りかかった場所に、たしかにそういう倉庫があったのだ。
 アンブレラの社員が、総合病院と大学に来るのはわかる。臨床試験の結果を集めたり、資料を収集したりするのが目的だろう。倉庫に行くのは、薬品や機材を取りにいくためだろう。
 だが、あの猟奇殺人事件が起きる時期の直前に、倉庫の出入りが急激に増えている。そのあと、事件が起きた時期にぱったりと誰も訪れなくなっている。そして、社員たちは姿を消した……。
 病院や大学はアンブレラとは関係のない人間が多数往来する。そこに人に見られて困るようなものを置くだろうか? だが、アンブレラ関係者しか入れず、警備が厳重な倉庫には何かがあるかもしれない。
 腹は決まった。
「役に立つ資料だったよ。ロバートさん。俺はそろそろ帰るとするよ。」
 ダドリーは資料をまとめて自分の懐にしまい込んだ。ロバートがほっとした顔を浮かべる。
「そうか、そうしてくれ。できれば、今後2度と顔を合わせたくないね。」
 ダドリーはドアを開け、外に出た。秋の冷たい空気が彼の頬を撫でる。そして、ロバートに向かって後ろ手に手を振って、歩き出した。
 背後で、自動車のエンジン音がした。急加速したロバートの高級車は、轟音を残して去っていった。ダドリーは肩をすくめる。
 街のどこかで、烏の鳴く声がしていた。

前ページ 外伝TOP 次ページ

H O M E