−第2章− 底辺


 中身を床にぶちまけたゴミ箱。ほこりだらけの廊下。壁際に並ぶ空の酒瓶。
 ダドリーはアパートに帰り、酒を飲んでいた。もう2年ちかく、毎日の習慣となっていた長い晩酌を、今日も始めたのだ。
 見るでもなしにつけていたテレビからは、10時のニュースがたれ流れされている。
 ゲップの音がひとつ。もちろんダドリーのものだ。
 酒くさい息を吐き、横目でニュースを眺め、そして思い出したようにまた酒を飲む。テーブルの上にグラスが転がっているが、もう彼はそれを使っていない。ビンに直接口をつけて、胃に流し込んでいる。

 彼が1ヶ月の謹慎処分を受けて、もう3週間たった。ジョアンナに逃げられてからは1年ちょっと。その間、部屋の様子も、彼の姿も、悪くなる一方だ。
 部屋の棚の上にはかつての栄光を物語るトロフィーと賞状が並んでいる。もっとも、今では空瓶の隙間で申し訳なさそうにたたずんでいる有り様だが。
 良き市民だった。優秀な警官だった。昔のことだ。
 高校時代はフットボールの選手として活躍した。高校卒業後は警察学校に入り、実技では最高成績を修めた。警官として働くようになってからは、ラクーンシティー内で発生した様々な事件の現場に駆けつけ、そして、何人もの市民と同僚の命を救った。非番の日に火事の現場に通りかかり、逃げ遅れた子供を助けたこともある。射撃の腕も格闘技の腕も、常にRPD内でベスト3内に数えられていた。高校時代からのガールフレンドだったジョアンナと結婚した。夫婦生活は円満で、ヴァカンスは連れ立って旅行にいった。
 もう昔のことだ。
 ほんの2年前までのことだが、過去の話に違いはなかった。

 2年前。彼がRPDの特殊部隊「STARS」の入隊試験に応募したとき、RPDの警官たちは、彼がSTARSでどれほど活躍するかを話題にしていた。合格確実とみられていたのだ。だが、試験結果は不合格だった。
 当時のSTARS隊長アルバート・ウェスカーは、ダドリーの能力を認めたが、性格的な欠点を指摘した。ダドリーは独断で行動することが多く、上司の指示を待たず、他の警官たちの配置が完了する前に動いてしまう傾向が強い。それが問題視されたのだ。
「STARSに必要なのは、ヒーローではない。」ウェスカーはそう宣告した。
 ダドリーにとって、それは初めての挫折だった。しかも致命的だった。
 性格的な問題はそうそう解決できるものではなく、むしろ彼の栄光の多くは、その性格に由来していた。彼がもしも上司の指示を待ち、慎重に自分の安全を確保しながら事件の解決を計る人間であったなら、凡庸な警官と評価されていただろう。
 不合格を通知されてから、ダドリーはどう行動すればいいのかがわからなくなってしまった。向こう見ずといえるほどの決断力と行動力も、揺るぎのない自信も影を潜め、慎重過ぎて機を逃す愚鈍な警官になっていった。
 いくつかの事件で対応を誤り、その失敗を取り返そうとして無理をし、RPDでの彼の評価は転がり落ちるようだった。
 苛立ちを抑えるために酒に逃避し、酔った勢いで妻に暴力を振るうようになった。耐えかねた妻が逃げていくと、ますます仕事が粗くなった。
 そして3週間前、決定的な事件が起きる。
 パトロール中に通報を受け、強盗事件の現場に駆けつけたダドリーは、容疑者を追跡、逮捕した。だが手錠をかけられた容疑者は、ダドリーに唾を吐きかけ、激しく罵倒し、こういった。「この愚図野郎!!」と。その瞬間、怒りに我を忘れたダドリーは容疑者を激しく殴打し、肋骨を2本たたき折った。援護に現れた警官が彼を止めなかったら、相手を殺してしまっていたかもしれない。
 彼のこの行動はRPD内で問題視され、ついに減俸と謹慎処分がいいわたされた。解雇されなかっただけでも幸運だった。
 あと一週間で謹慎は解ける。とはいえ、現場に戻れるかどうかは微妙だ。
 精神的な問題が露見した今、彼を現場に戻したら再び同じ間違いを繰り返す可能性がある。デスクワークにまわされるかもしれない。それは彼にとっては屈辱的なことだった。

 ダドリーはソファに横たわり、賞状とトロフィーを眺めた。そして、空き瓶の隙間に隠れている写真立てに目を留めた。
 よろよろとソファから立ちあがり、空き瓶を払いのけ、写真を手に取った。それは3年ほど前、妻と2人でカリフォルニアの海岸にいったときの写真だった。口を開けて屈託なく笑うダドリーと、彼に腕を巻きつけて微笑むジョアンナ。背後には抜けるように青い海と澄み渡る空が広がっている。
 しばらく眺めて、ダドリーはそれをゴミ箱に叩きつけようと腕を振り上げた。
 だが思いなおし、棚に戻す。写真をカバーしているガラスに汚れがついているのを見て、指でこすった。しかし酒に濡れた彼の指は、新たな汚れを上塗りするだけだった。
 汚れたガラスに、ダドリーの顔が映っている。目の下に隈を作り、無精ヒゲにまみれた顔が。
 どうして俺はこんなに落ちぶれてしまったんだろう?
 ダドリーは嫌悪を感じて、それに背を向けた。そして惨憺たる部屋の光景を一瞥し、新たな嫌悪に駆られる。
 俺はずっとこのまま、こんな生活を続けてゆくのだろうか?
 いやだ。絶対に嫌だ。
 今こそ行動を起こすべきだ。
 散乱した酒瓶をまとめ、キッチンの端に置く。押入れから掃除機を持ち出して、ソファや床に広がった食べ物のカスを片付ける。夜中に突然響き渡る掃除機の音に、近所の住人はきっと迷惑しているだろう。だが、ダドリーは掃除を止めるつもりはなかった。今すぐに行動を始めなければならない。そうでなければ、明日は今日と同じ日になる。そんな気がした。
 一通り部屋の中を掃除すると、シャワーを浴びてベッドに潜り込んだ。
 明日から、やらなければいけないことがあるのだ。以前から考えていた計画を実行に移すのだ。だが今は休息が必要だ。
 ダドリーはたちまち眠りに落ちた。

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